はじめに
前回の記事「自衛隊で活躍するために必要な基本スキル」で、5つの基本スキルについて解説しました。
その中でもコミュニケーション能力が最も重要なスキルだと書きました。ただ、あの記事では概要しか説明できていませんでした。
自分は20年間の自衛隊生活で、1000人以上の隊員と関わってきました。その経験から分かったことがあります。
コミュニケーション能力は9段階のピラミッド構造になっている
今回は、実際の成長パターンに基づいた現実的なコミュニケーション能力向上システムを解説します。
自衛隊の方、民間の方の両方に役立つ情報になればと思います、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
なぜ9段階なのか?
実際の成長は複雑
よくある間違いは「レベル1→レベル2→レベル3」と直線的に考えることです。
実際はこうなります:
- 新隊員:1-1 + 2-1を同時に覚える
- 3ヶ月後:1-2 + 2-2 + まだ1-3は無理
- 1年後:1-3 + 2-3 + 3-1にチャレンジ
複数のスキルを並行して伸ばしていくのが現実的な成長パターンです。
実践では組み合わせて使う
格闘や射撃の指導をする時、コミュニケーションの各段階から必要な要素を組み合わせて使います:
- 相手のレベルを察知(1-2)
- 分かりやすく説明(2-2)
- 複数人の進度を調整(3-1)
すべてのスキルがバラバラに存在するのではなく、状況に応じて引き出して組み合わせるイメージです。
【レベル1】受信力:相手を正確に理解する
1-1 相手の話を理解できる
到達目標 指示された内容を文字通り理解し、間違いなく実行できる
具体例 上官:「ドライバーを取ってこい」
→ 工具名を知らないと理解できない
上官:「0800に集合」
→ 24時間表記を理解している必要がある
必要な基礎知識
- 専門用語(工具名、装備名、部署名等)
- 自衛隊の時間表記・略語
- 階級と組織構造
到達度チェック □ 指示された作業で「え?何のこと?」と聞き返さない
□ 専門用語を聞いて「分かりません」と言わない
□ 時間・場所の指定を間違えない
1-2 相手の話から意図を汲む
到達目標
表面的な指示の裏にある本当の意図や緊急度を理解できる
具体例 上官:「この資料、急いで作ってくれ」
1-1レベルの理解:資料を作る
1-2レベルの理解:
- いつもより急いでいる様子 → 上層部への報告が迫っている?
- 普段と口調が違う → かなり重要な案件かも
- 時計を気にしている → 明日の朝一番に必要?
意図を汲む3つのポイント
- 相手の表情・声のトーンを観察
- 普段との違いに注目
- 背景状況を考慮(訓練前、検査前等)
到達度チェック □ 相手の緊急度を察知できる
□ 「なぜその指示なのか」が推測できる
□ 相手の感情の変化に気づく
1-3 現状から相手が求めていることを察して打診する
到達目標 相手が言葉にしていない要求を察知し、適切に確認を取れる
具体例 整備班長が工具箱の前でうろうろしている
察する内容:
- 特定の工具を探している?
- どこに置いたか忘れた?
- 新しい作業で何が必要か迷っている?
正しい打診の仕方(重要!) ❌「これが必要ですね!」(勝手に判断して動く)
⭕「○○をお探しですか?」(確認を取る)
自衛隊の鉄則:察しても勝手に動くな
なぜ確認が必須なのか
- 指揮系統の維持:勝手な判断は組織の秩序を乱す
- 安全性の確保:間違った「察し」は事故につながる
- 責任の所在:指示なく動くと責任が曖昧になる
正しい察しのプロセス
- 状況を観察
- 相手の要求を推測
- 必ず確認を取る
- 指示があってから行動
到達度チェック
□ 相手の困っている状況に気づく
□ 適切なタイミングで声をかけられる
□ 確認を取ってから行動する習慣がある
【レベル2】発信力:自分の意思を的確に伝える
2-1 基本的な返事・報告ができる
到達目標
指示に対する適切な応答と、必要最小限の報告ができる
基本の返事パターン
- 指示を受けた時:「はい、承知しました」
- 質問された時:「はい」「いえ」+補足説明
- 完了した時:「○○、完了しました」
報告の基本形(自衛隊式)
- 結論:何がどうなったか
- 補足:必要に応じて詳細
例:点検作業の報告
「ヘリコプターの日常点検、異常なく完了しました」(基本)
「ヘリコプターの日常点検、完了しました。エンジンオイルが規定値下限だったので、補充しております」(問題があった場合)
到達度チェック □ 曖昧な返事をしない
□ 完了報告を忘れない
□ 問題があった時に隠さず報告する
2-2 相手のレベルに合わせて説明できる
到達目標
後輩指導や上司への説明で、相手の理解度に応じて伝え方を調整できる
整備作業での実例
オイルフィルター交換手順の説明
工具の知識がない新隊員への説明
「まず、この六角形の工具(六角レンチ)を使います。ドレインボルトというのはここにあるネジのことです。これを左に回すとオイルが出てきます」
工具の知識がある隊員への説明
「17mmのレンチでドレインボルトを外してください。オイルパンを準備してからお願いします」
ヘリコプターの構造を理解している隊員への説明(他機種の整備員)
「このタイプは後方アクセスです。フィルター位置の確認お願いします」
ポイント:相手の知識量が増えるほど説明は減る
知識がある相手に細かすぎる説明をすると「馬鹿にされている」と感じさせてしまいます。逆に知識がない相手に省略しすぎると理解できません。
相手のレベルを見極める方法
- 基礎知識:専門用語が通じるか
- 経験値:類似作業をやったことがあるか
- 学習スタイル:理論派か体験派か
- 性格:慎重派か積極的か
到達度チェック
□ 相手が理解していない時に気づく
□ 説明方法を変えて再トライできる
□ 相手から「分かりやすい」と言われる
2-3 状況に応じて提案・進言ができる
到達目標
現状の問題点を整理し、改善案を適切な相手に提案できる
提案する時の3つの原則
- 事実に基づく:感情ではなくデータで
- 解決策も併せて:問題提起だけでは不十分
- 相手のメリット:なぜその提案が良いのか
実例:整備方法の改善提案
問題認識
「現在の点検方法だと、3時間かかっている」
データ収集
「過去1ヶ月のデータを集計すると、平均3.2時間」
改善案
「チェックリストの順序を変更すると、2.5時間に短縮可能」
提案のタイミング
班長が「最近点検が長いな」とつぶやいた時
提案の仕方
「班長、点検時間の件でご相談があります。データを取ってみたのですが、改善案を検討していただけますでしょうか」
到達度チェック
□ 問題点を客観的に整理できる
□ 実現可能な改善案を考えられる
□ 適切なタイミングで提案できる
【レベル3】調整力:複数の人間関係をマネジメント
3-1 複数の意見を整理できる
到達目標
異なる立場の人たちの意見を聞き、論点を整理して共通認識を作れる
教育隊での実例
状況:格闘訓練の方法について意見が割れた
- A隊員:「基本技を反復練習すべき」
- B隊員:「実戦的な応用技を覚えたい」
- C隊員:「まず体力作りが先じゃないか」
整理のプロセス
- 全員の意見を聞く:それぞれ2分ずつ発言
- 共通点を見つける:「みんな上達したい気持ちは同じ」
- 論点を明確化:「練習の優先順位をどうするか」
- 段階的解決策:「基本→応用→実戦の順序で進める」
整理する時のポイント
- 感情的な発言も内容を要約
- 対立ではなく「違う視点」として扱う
- 全員の意見に価値があることを強調
到達度チェック
□ 複数人の話を同時に聞ける
□ 論点を整理して説明できる
□ 全員が納得する共通認識を作れる
3-2 対立を仲裁できる
到達目標
感情的な対立状態にある人たちを冷静にさせ、建設的な話し合いに導ける
整備班での対立事例
状況
古参整備士と新人の間で激しい口論
- 古参:「お前のやり方は危険だ!」
- 新人:「古いやり方に固執している!」
仲裁のステップ
- まず分離:「いったん冷静になりましょう」
- 個別に聞く:それぞれの言い分を聞く
- 事実と感情を分ける:何が問題で、なぜ感情的になったか
- 共通目標を確認:「安全で効率的な整備」
- 段階的解決:小さな改善から始める
仲裁時の重要な姿勢
- どちらの味方にもならない
- 感情を否定せず、事実に注目
- 両者の顔を立てる解決策を模索
到達度チェック
□ 感情的な人を冷静にさせられる
□ 中立的な立場を維持できる
□ 両者が納得する解決策を作れる
3-3 組織全体のコミュニケーションを設計できる
到達目標
部隊や組織全体の情報流通を管理し、円滑なコミュニケーション環境を作れる
格闘指導官としての実例
課題
教育隊20名の進度がバラバラで、指導が非効率
コミュニケーション設計
- レベル分け:初級・中級・上級の3グループ
- 情報共有システム:進度管理表を作成
- 相互指導制度:上級者が初級者をサポート
- 定期面談:個別の課題と目標を設定
組織設計の考え方
- 情報の流れを可視化
- ボトルネックを特定して解消
- 全員が成長できる仕組み作り
到達度チェック
□ 組織全体の課題を把握できる
□ 情報流通の仕組みを設計できる
□ 全員が活躍できる環境を作れる
現実的な成長パターン
新隊員期(0-6ヶ月)
同時に伸ばすスキル
- 1-1(話を理解)+ 2-1(返事・報告)
重点ポイント
- 基礎知識の習得
- 正確な返事と報告の習慣化
- 「分からない」ことを隠さない
一般隊員期(6ヶ月-2年)
同時に伸ばすスキル
- 1-2(意図を汲む)+ 2-2(レベル別説明)+ 1-3(察して打診)
重点ポイント
- 後輩指導の開始
- 状況判断力の向上
- 適切な確認取りの習慣
中堅隊員期(2-5年)
同時に伸ばすスキル
- 2-3(提案・進言)+ 3-1(意見整理)
重点ポイント
- 改善提案の実践
- チームまとめの経験
- 複数視点の理解
指導者レベル(5年以上)
同時に伸ばすスキル
- 3-2(対立仲裁)+ 3-3(組織設計)
重点ポイント
- リーダーシップの発揮
- 組織全体の最適化
- 次世代の指導者育成
あなたの現在地診断
重要:このチェックリストについて
以下のチェックリストは、各段階の代表的な要素を抜粋したものです。
実際には、例えば1-1(相手の話を理解する)だけでも、専門用語の習得、時間感覚、組織理解など、相当な量の要素があります。
また、レベルが上がるほど「状況に応じた判断」が増えるため、チェック項目も曖昧になる傾向があります。
このチェックリストの使い方
- 大まかな現在地把握の参考程度に
- 各項目の詳細については、需要があれば今後の記事で解説予定
段階別チェックリスト
1-1レベル □ 専門用語を理解している
□ 指示通りの作業ができる
□ 時間・場所を間違えない
1-2レベル
□ 相手の緊急度を察知できる
□ 表情の変化に気づく
□ 背景事情を推測できる
1-3レベル
□ 困っている人に気づく
□ 適切なタイミングで声をかける
□ 確認してから行動する
2-1レベル
□ はっきりした返事ができる
□ 完了報告を忘れない
□ 問題を隠さず報告する
2-2レベル
□ 相手に合わせて説明を変える
□ 理解度を確認しながら話す
□ 分かりやすいと言われる
2-3レベル
□ データに基づいて提案する
□ 改善案を考えられる
□ 適切なタイミングで提案する
3-1レベル
□ 複数の意見を整理できる
□ 共通認識を作れる
□ 論点を明確にできる
3-2レベル
□ 対立している人を冷静にさせる
□ 中立的な立場を保てる
□ 両者納得の解決策を作る
3-3レベル
□ 組織全体の課題を把握する
□ 情報流通を設計できる
□ 全員が活躍できる環境を作る
診断結果の活用方法
チェック数で現在地を把握
- 各段階で3つ中2つ以上チェック:そのスキルは身についている
- 1つ以下:まだ習得が必要
次に伸ばすべきスキルを特定
現在身についているスキルから、成長パターンに従って次の目標を設定
例 1-1○、2-1○ → 次は1-2と2-2を同時に
まとめ:実践で活かすイメージ
格闘指導や射撃指導、整備作業の現場では、これら9段階のスキルを状況に応じて組み合わせて使います:
新隊員への格闘指導
- 相手のレベル把握(1-2)
- 分かりやすい説明(2-2)
- 安全確認の声かけ(2-1)
複数人への同時指導
- 全体の進度管理(3-1)
- 個別対応(2-2)
- 対立が起きた時の仲裁(3-2)
すべてのスキルはバラバラに存在するのではなく、必要な時に必要な組み合わせで引き出す「道具箱」のようなイメージです。
今後の記事予定
次回からは、各段階の詳細な鍛え方を解説していきます:
レベル1詳細シリーズ
- 1-1完全攻略:基礎知識の効率的な身につけ方
- 1-2完全攻略:相手の意図を読み取る技術
- 1-3完全攻略:察する力と確認のバランス
他4スキルも同様の9段階システムで解説予定
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